最後は、管理栄養士のA.Aさんです。
彼女は、栄養専門学校を卒業と同時に栄養士の資格を得て、病院に就職し、2年間の実務経験を積んで管理栄養士の資格を取得。
その後一般企業の社員食堂でさらに経験を積み、一度経験してみたかった接客の仕事ができる洋菓子店に就職しました。
しかし、せっかくの資格がもったいないと思い、食の現場に戻ったのが有料老人ホームで、管理栄養士として活躍しています。
●A.Aさんの一日/09:30=申し送り(自立型入居者支援スタッフと入居者の様子など)。献立作成、食材在庫確認と注文などのデスクワーク。昼食の準備。12:00~13:30=一般食堂や要介護入居者専用の食堂を回り、食事についての感想や注文、希望などを聞きつつ、様子をチェック。13:30~14:30=後片付け、デスクワーク。14:30~15:30休憩。15:30~17:00=夕食準備。17:30~18:30=夕食の様子をチェック、明日の食材の確認など、終業。
「このホームは、自立した生活を送ることができる方に向けた自立型と、自立には少し不安という方から重度の介護が必要な方(要介護)までが入居する介護型の2つのタイプが同居した有料老人ホームです。要介護の皆さんにお出しする食事は毎食、私を含め厨房のスタッフがつくっています。自立型に入居されている皆さんは、自室でご自分がおつくりになっても、レストランスタイルの食堂で召し上がっていただくことも自由にできるのです」。
A.Aさんが説明してくれたように、この老人ホームは、さまざまな状態の高齢者が入居しています。
ですから、厨房スタッフの用意する料理も、味付けはもちろんカロリーや塩分への配慮、さらに要介護者向けに食材を細かく刻んで、飲み込みやすくするなどの配慮も必要になります。
入居者の中には、外出が難しい方もいらっしゃるので、毎回の食事は皆さん楽しみにしています。
ただ食べれば良い、また栄養を摂れば良いというのではなく、健康な方にも、要介護の方にも美味しく食べていただくための工夫は必要になります。
「私もここで働くようになってから、旬の食材や料理の盛り付けや器などについて、ずいぶん勉強させていただきました。目で料理を楽しんでいただくのも工夫の一つですから」と、語っています。
●子どもの頃から関心のあった料理をもっと深く追及したいと思って。
A.Aさんが食の仕事に興味を持ったのは、子ども頃のお手伝いの経験からです。
「母親が働いていたので、小学生の頃からよく祖父の台所仕事の手伝いをしていました。元々食べることは大好きであったこともあり、高校の時進路を決める頃には食にかかわる仕事に就きたいと思っていました。調理師という道もあったのですが、最終的には、食べ物のことをもう一歩踏み込んで勉強できそうな、栄養士の資格が得られる学校を選びました」。
彼女は、食べ物がクスリになるという面も勉強したかった、という前向きな意欲を持って専門学校に入学したのです。
「学校で学んだ栄養学は、科学と食べ物の密接なつながりが面白くもあり、また衝撃でした。もともと理科とか科学とか生物といった勉強が好きだったので、苦手意識はありませんでした。モノを食べることによって体内で化学変化が起きていることを知り、栄養学に夢中になりました」。
栄養学にすっかり魅せられた彼女は2年間の勉強を終えて専門学校を卒業と同時に栄養士の資格を取得し、病院に就職しました。
そこで2年間の実務経験を経て、管理栄養士の国家試験を受けて資格を取得しました。
「当時は、まだ合格率40%台と高くわりとチャレンジしやすい上位の資格でした。というものの、働きながらの勉強はやはり大変でした。最初に勤めたのが病院でが、栄養士の資格では調理や盛り付けといった現場の仕事が中心で、献立をつくるとか、病気に合わせて特別食を考えるといったようなことは、管理栄養士の仕事なのです」。
彼女は、調理現場も楽しかったということですが、やはり自分で献立プランを作成たり、予算を管理してみたいという気持ちが強く、管理栄養士の資格取得に向けて、できるだけ勉強時間をとるように努力したそうです。
「勉強より、交代制勤務で朝5時からの時もあり、これが辛かったですね。もし遅れたら他のスタッフに迷惑がかかると思うと、前日から緊張していました。特に病院は、食事後のお薬とか検査などの影響がありますから、食事時間が遅くなるわけにいかないのです」。
健康な人が食べる食事とは違い、患者さんの状態に合わせて栄養や塩分などはもちろん、食べやすいように、すり下ろしたり、ミキサーにかけたり、柔らく煮るなど食事の形態も考慮しなければならないのです。
「実は、この毎日の仕事を通して管理栄養士のための勉強ができました。例えば、減塩食は1日の塩分が何グラムといったことですね。こういったことが自然と身に付きました」。
彼女は、晴れて管理栄養士の資格を取り、そして、病院とは違った経験をしたいと思って、一般企業の社員食堂に転職したのです。
200名近い従業員の昼食の献立づくりと調理に励みました。
「社員の皆さんに喜んでいただけるようなボリュームある内容の献立を、いかに安くつくるかが課題でした。病院と違った視点で食事を考えなければなりませんでしたが、この職場で初めて献立づくりや食材の発注、在庫管理の業務に携わりました。予算の範囲で美味しく栄養があって塩分やタンパク質なども考慮し、しかもボリュームあるという献立を考えるのは大変でしたが、いい勉強になりました」。
彼女は2年半、社員食堂で仕事していましたが、少し違ったジャンルの仕事に挑戦してみようと、全く畑違いの洋菓子店に努めました。
「管理栄養士の仕事が嫌になったとか職場に不満があった訳ではなく、またパテシエに挑戦したいというのでもなく、以前からお客さまと向かい合う仕事をしてみたいという思いがあったのです。一度は接客する仕事をしてみようという気軽な気持ちだったのですが、居心地が良く10年以上も勤めてしまったのです。しかし、せっかくがんばって取った、管理栄養士の資格を活かさないのはもったいないと思い始め、再び食の仕事に戻ることにしました」。
しかし、ブランクがあったので、まず栄養管理士としてのカンをとりもどそうと、派遣社員で経験し、そして、派遣から半年後には正社員として雇用するという予定で、今の職場を紹介され派遣社員として働き、今は正社員として働いています。
「接客を通して直接のコミュニケーションの大切さを知り、できる限り、他の部署のスタッフや入居者と会話すように心がけています。厨房の外へ出て、食事のリクエストや感想を聞いたりする、一方、栄養についてのアドバイスをしています。なんと言っても皆さんからの『おいしかったよ』の一言は、厨房スタッフへの何よりの励みになるので、実はそれが聞きたかったのかもしれません」。
最近、経験豊富なA.Aさんを中心に、ホーム内外に向けて『認知症になりにくい食習慣』などをテーマにセミナーを開催したり、『認知症予防おすすめレシピ』を配るといった、新しい試みにもチャレンジするなど、管理栄養士の彼女は文字通り“ホームの食の管理人”として、ますます頼もしい存在になっているようです。